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お味噌のコラム「味噌日和」

日本人の食卓に欠かす事のできないお味噌。
それは日本の歴史や言語にも深い影響を与えています。
ここでは、お味噌を歴史や科学、文学などのジャンルから理解していくお話を更新していきます。

家康の“江戸味噌”

家康の“江戸味噌”「味噌を買う家に蔵は建たぬ」といわれたほど「手前味噌」があたりまえだった江戸も人口増で「買い味噌」の時代へと移り、味噌屋も増え人気の仙台味噌でしたが運送費もかかるので、家康公より「江戸市中で味噌を造れ」とのお達しが出ました。その折、家康公のリクエストが“京の白味噌の甘さと、三河の赤味噌のコクの両方を持った味噌”だったそうですからグルメですね。こうして「江戸甘味噌」が造られ、茶褐色の赤味噌は米麹を贅沢に使って熟成期間をわずか10日~1ヵ月に短縮したため、日持ちも賞味期限も短く、値段も高価でしたが大豆の香味と麹の甘みが見事に調和し味噌汁に使うより田楽や鍋料理、どじょう汁といった料理によく合い、江戸料理に貢献したそうです。
江戸から東京へと受け継がれた「江戸甘味噌」も第二次世界大戦の戦時統制下で贅沢品として製造中止になり、“幻の味噌”といわれながら今では東京都の特産品認証食品となっています。

鰻の味噌田楽

作家の味噌愛今年は“土用の丑の日”が二日あり鰻の蒲焼のポスターが目立ちました。夏バテ防止に鰻を食べる習慣は、奈良時代にはすでに確立されていたようで「万葉集」にも詠まれていますが、この頃の鰻の食べ方は筒状に切ったブツ切りの鰻の真ん中に串を通して火で炙り、たまり醤油や山椒味噌などをつけて食べていたそうです。この形が蒲の穂に似ていたことから、鰻の串焼きは「蒲焼」と呼ばれるようになったのだと「守貞謾稿」にあります。
“鰻田楽”とも呼ばれたそうですが、現在のような“いかだ焼”から甘辛醤油だれで焼く“蒲焼”になったのは、江戸後期の様です。
また、土用の丑の日に鰻を食べるようになったのは、医者であり本草学者だった平賀源内がウナギ屋に頼まれて「今日は丑」と看板に書き、宣伝のアイデアを提供したことから始まったといわれています。“鰻の蒲焼”に山椒をふりかけていただくのはわかりますが、味噌はどうなったのでしょうか。

味噌に気の毒なことわざ

作家の味噌愛なぜか味噌にはたくさんの“ことわざ”がありますが、それだけ生活に馴染み愛されていたと思われます。とは言え、味噌には申し訳ないようなことわざも多いのです。
「味噌をつける」、失敗したりしくじったときに使われますが、もとは火傷したときに、患部に味噌をつけたことから始まった言葉のようです。「味噌っかす」はどうでしょう。
一人前に扱ってもらえない子どもですし、「味噌臭い」と言われると、いかにもその道臭い嫌みが感じられるということで使われます。
「味噌が腐る」は、調子外れの歌声や、悪声をあざけっていわれますが「ぬか味噌が腐る」とも言われます。
「味噌を塗る」では“体面を汚された”と怒られるわけですが、類語で「泥を塗る」がありますので、味噌と泥は一緒かとつい味噌の気持ちになってしまいます。でも「味噌は七色の調味料」とも呼ばれ、どんな食材とも相性が良く、和洋中どんな料理に使っても素晴らしい味を出すとあり、ちょっと留飲ですね。

お味噌の「力」

作家の味噌愛元禄8年(1695)に書かれた「本朝食鑑」に、味噌の効果について「大豆の甘、温は気を穏やかにし、腹中を寛げて血を生かし、百薬の毒を消す。麹の甘、温は胃の中に入って食及び滞りなく、消化を良くし、閉塞を防ぐ。元気をつけて、血のめぐりを良くす」と書かれ“1日もなくてはならないもの”とあります。
東京農業大学の中西載慶教授は、「味噌は魚や肉の臭みを消す力、油分をやわらげる力、素材の味わいを活かし引き立てる力、素材に旨みを付加する、食材を長持ちさせる力など枚挙にいとまがありません」と書かれています。
日本の風土と日本人の知恵が育んだ、旨さと栄養に富んだ“味噌”は、世界の調味食材としてパンやお菓子、パスタやフランス料理にまで、豊かな想像力と料理人の腕で広がっています。「手前味噌」なんて言葉が、世界の多様な料理のなかで通用したら楽しいですね。“ガンバレ、お味噌!”と呼びたくなります。

作家の味噌愛

作家の味噌愛作家が小説やエッセイなどの作品に味噌を取り上げていますが、それだけ味噌が暮しの中で欠かせない食材だったのではないでしょうか。
宮沢賢治は「雨ニモマケズ」の中で、「一日二玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」と書き、一汁三菜の原点の様です。
美食家として著名な北大路魯山人は、「世を捨てて山に入るとも味噌醤油酒の通い路なくてかなはじ」と詠み“どのような処に住もうとも生きていくためには、味噌、醬油、酒はなくてはならない物”と言っています。
詩人・石川啄木は「一握の砂」の中で「ある朝のかなしき夢のさめぎはに鼻に入り来し味噌を煮る香よ」と詠んでいます。
作家・文人でなくても朝の台所から漂ってくる朝餉の味噌汁の香りは、郷愁と母への思い出の香りであり、朝の快調な目覚めを促す至福の香りではないでしょうか。

「ミソガール」の出現

懐かしいバスガールから始まり、山ガールやリケ(理系)女、スー(相撲)女と100を超える“女子会”が次々と誕生していますが、ついに「ミソガール」が出現しました。
神奈川県から“味噌話”を発信し“味噌で世界を幸せに”を目標にして15年、農林水産省の「フード・アクション・ニッポン・アワード」の食文化普及啓発部門の最優秀賞を各地のみそガール 味噌を具材と一緒に直径3cmの大きさに丸めた「みそまる」で受賞した藤本智子さんが、「ミソガール」として味噌の効果を紹介する活動を推進しています。ミラノ万博に出展したり、昨年の伊勢志摩サミットの国際メディアセンターで味噌汁を振る舞ったりと味噌の普及に取り組んでいます。こうした活動に賛同してすでに約30人の「ミソガール」と、50人を超える「ミソマザー」が始動しています。
ホワイトデー向けの高級チョコレートのような「みそまる」で、味噌のすばらしさを発信する、たのもしいガールですね。

「五月病」に克つ“心に効く”みそ汁

企業新年度のスタートとともに、なれない職場環境や人間関係で不安定な精神状態や体のバランスの乱れで「五月病」になりやすい時節ですが、心も体もほぐしてくれる“みそ汁”の力を借りて、ゆっくりと体の内からリラックスしましょう。

四つのみそ汁をご紹介。

  • 「あさりバターみそ汁」
    あさりは精神を安定させ、バターは疲労回復、ストレス解消に役立ちます。赤味噌がおすすめです。
  • 「白菜のみそ汁」
    白菜はイライラを抑え、不安な気持ちをやわらげてくれます。白菜の歯触りを残し、かつおと赤味噌で。
  • 「クレソンのみそ汁」
    クレソンは気を巡らせ、心の不調をやわらげてくれる食材で、目の疲れを改善し香りも気分をさわやかにしてくれます。白味噌がおすすめです。
  • 「ほうれん草とヨーグルトのみそ汁」
    ポパイの活力の素、ほうれん草は気力、体力を補い気持ちをリラックスさせヨーグルトはイライラ防止。こぶと赤味噌で。

みそ汁の力で“五月病”を乗り切りましょう。

みその世界は無限大!

料理研究家の土井善晴さんが「みそ汁は栄養もうまみも無限大。何を入れてもいいですよ。具だくさんのみそ汁とご飯があれば、十分なんですから」と“一汁一菜”のすすめを推奨されています。

テレビ朝日の「おかずクッキング」、おみそ汁の力特集で“具だくさん”の楽しいみそ汁レシピを公開し、思わず作りたくなるこれまでにない“和洋中”の多彩なレシピを紹介され“なるほど、お味噌が世界の調味料として広がるわけだ”とうなずきます。

米国の食改善を提唱したマクガバン・レポートで“日本の和食こそ理想の健康食”と賞賛され“一汁一菜”が注目されましたが、土井さんはみそ汁の具に野菜や肉、魚、クルトン(トースト)等々の素材を自由自在に組み合わせ“おかずのみそ汁”とご飯で充分な栄養満点の食事がいただけると提唱されています。
高齢化が進むなか“一汁一菜”でも楽しい食卓が演出できるのですね。

温もりの粋な“味噌汁”

体を内から温め、力を底上げしてくれる冬には欠かせない“ぬくもりの味噌汁”を紹介しましょう。江戸時代の料理書「名飯部類」に「雪花菜雑炊(きらずぞうすい)」という美しい名前の赤味噌を使った汁が書かれています。

おからと赤味噌を混ぜ、すり鉢でよくつぶし水で溶き伸ばし洗ったご飯をコトコト似る汁ですが、包丁を使わずに食べられることから“きらず”と呼ばれ、ふわふわと白い雪のような見た目から“雪花菜”の文字が当てられたようです。もう一つは「豆腐百珍」にある「狸汁」はどうでしょう。

仏僧では獣肉食が禁じられていたので、狸の代わりに“凍み蒟蒻”をちぎってごま油で炒り、そこによくすったおからを加えて味噌汁にすると味がそっくりになることから、これが精進料理として広まったそうです。

洒落た名前といい、冷えを取り除いてくれる“味噌汁”に、なぜか“ ホッ”としてしまいます。

味噌造り保育園の新しい波

和食給食で知られる福岡市の高取保育園のドキュメンタリー映画、「いただきます」が横浜で上演されました。
この保育園では、子どもたちが“味噌”を仕込み、それを使った味噌汁や玄米ご飯や納豆、たくあんなどを給食とするユニークな保育園として、全国から視察者が絶えないそうです。
登山遠足や裸足の運動会など子供の健康や感性を活かした日常と、食の大切さや発酵の様子も記録した映画が話題です。
「いただきます」の上演後、監督のトークと味噌汁、玄米おにぎりのランチ付きでその後に横浜産のこうじを使った“味噌造り”を親子や孫と一緒に作る体験イベントも大好評だったそうです。核家族化で“食の孤族化”が進むなかで、味噌造りや味噌汁づくりまで体験できる映画鑑賞は新しい意味を与え、多くの人と共有する「キュレーション」時代の始まりのように思えます。